2018年8月20日月曜日

『あなたも私も目立っちゃおう!スプレッド』を使ってタロットリーディング


現在、太陽は獅子座にあります。
獅子座の守護星は太陽。
自分のホームに帰ってきて太陽も元気いっぱいです。
太陽系は、太陽を中心に様々な天体が回っています。
太陽を守護星に持つ獅子座は、みんなの中心になるような星座。
素晴らしい表現力を発揮して、人々の注目の的になるカリスマ性溢れる星座です。
せっかくそんな獅子座の季節なんだし、私も「目立つ」「注目を集める」ということについてタロットを通して考えてみようと思いつきました。
目立つのって恥ずかしいし苦手、だけど、恥ずかしいなんて思っている自分も恥ずかしい…というややこしい月星座乙女座の私ですが、早速、スプレッドを作ってみました。

スプレッドはこんな感じ。↓

次に、カードも引いてみました。

1 あなたに合った目立ち方は?…ソードの5(小アルカナ)
2 目立つことで得るものは何?…教皇(大アルカナ)
3 目立つことで伝えられることは何?…女帝(大アルカナ)

では、順番にカードを読み解いていきましょう。

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まずは、1枚目から。
人それぞれ目立ち方にも向き不向きがあるように思い、一番目に「あなたに合った目立ち方は?」という問いを持ってきました。
舞台に立って華やかに目立つのが向いている人もいれば、トリックスターのように時折、現れては話題をさらっていくような目立ち方が向いている人もいるでしょう。
もしくは、ネットやテレビなど、たくさんの人にアピールできるような目立ち方、近所の人たちのアイドルのような目立ち方。
あとは、縁の下の力持ちとして最初は目立つことはなかったが口コミなどにより一部で話題になる、これも目立ち方のひとつと言えるのではないでしょうか?

そして、私が引いたカードは、「ソードの5」
どういうことやねん?
パメラ・コールマン・スミスの描いた「ソードの5」のカードを見たことのある人なら、私の気持ちがわかってもらえると思うのですが、とりあえずは、「こんな目立ち方あるかいな」という感想でした。

↓パメラによる「ソードの5」はこんなカード。

嫌な役回りを演じて(?)、演技ではなかったとしても、周りの人々の心をざわざわさせるような目立ち方ってことなのでしょうか?
数秘術による私の誕生数は「5」なので、「5」という数字の持つ意味について、よく考えた方が良さそうです。
「5」という数字に協調性や「和を大切にする」というイメージはあまりありません。
むしろ、自分の個性を生かし、出すぎた杭は打たれないくらいの気持ちで生きよと言われているように感じます。

小アルカナの5のカードは、ソードの以外のものも決して楽しそうな絵柄ではありません。しかし、学びは厳しい状況の中で得る場合もたくさんあります。言うが易し、ですが…

少し遠回りして、ソード以外のカードも見てみましょう。
まずは、「ワンドの5」から。

争いや葛藤の様子が描かれています。しかし、これは率直な意見のぶつかり合いの様子でもあるんですね。お互いに遠慮ばかりしていては埒があかない。時には、喧嘩になるくらいのぶつかり合いも必要かもしれない、そんな様子です。

そして、次は「カップの5」のカード。

がっくりと首をうなだれている人物が描かれています。彼の目の前の3つのカップは倒れ、赤や緑の液体が流れて出しています。彼は実験に失敗し、失望しているのかもしれません。
しかし、彼の後ろには2つのカップが立った状態で残されています。彼はその存在にまだ気づいていないようです。
時に私たちは、ある一方からしか現実を見ずに失望したりなどします。しかし、別の側面から見てみると、また別の可能性が残されていることに気づくのです。残念なことに、そのことに気づくのは一度大きく失望した後のことです。それくらい思いが強かったということなのでしょう。

最後に、「ペンタクルの5」のカードです。

雪の舞う非常に厳しい環境の中、素足なのでしょうか?いかにも寒そうな格好をした人物と怪我をした人物が共に歩いています。ペンタクルは物質的なものを担当するスートです。この人たちは、金銭的にも身体的にも危機に陥っているようです。
しかし、共に恵まれない環境に置かれているからこそ、この二人の人物は共に助け合えるのかもしれません。また、ペンタクルの描かれたステンドグラスは教会を表していると言われていますが、二人は、助けを求めれば手を差し伸べてくれる存在があることに、このような窮地に陥ったからこそ気づけるのかもしれません。
お金や健康のありがたさ、そして、過酷な環境に置かれたときこそ必要となる精神性、そういったものがこのカードには描かれています。

5のカードは、失敗や混乱といった、決して、喜ばしくはない状況を通して、スートごとのテーマに沿って、私たちが学ぶべきことが何かを教えてくれるのです。

したがって、私は失敗したり不快な思いを通して、私にとっての目立つことの意味を知るのかもしれません。嫌だなー。

では、また「ソードの5」のカードに話を戻します。
「ソード」というスートは、精神性、合理性、論理的機能、また、コミュニケーション、思考、執着を断つことの必要性や、真実、正義などを表しています。「ソード」が出たということは、そういったことに関して私には学ぶべきことがあるようです。
「ソードの5」に描かれている人物は、剣を何本も手に持ち、ニヤリと笑っている人物、そして、剣を奪われたのでしょうか?うなだれて去っていく人物が描かれています。
そして、背景の空を見てみてください。風は強く、今にも嵐が起きそうです。決して、穏やかな雰囲気ではありません。
このカードの中に幸せそうな人はいるでしょうか?私にはいるように見えません。うなだれている人はもちろん、剣を持っている人も得意そうではありますが、その喜びは長続きするものなのでしょうか?
唯一、私がほのかに明るいものを感じるのは上着を片手にその場から離れようとしている人です。この人も剣を奪われた側の人かもしれませんが、執着することなく立ち去ろうとしているように、私には見えるのです。

このカードを読むときの一つのポイントとして、描かれているどの人物が気になるのか。どうして気になるのか。その人物はどのように見えるのか注意深く観察するというものがあります。

今回、このカードを見ていて私が気になったのが上着片手にこの場から去ろうとしている人物だったということは、カードは一体どのようなことを私に伝えようとしているのでしょうか?
たくさんの剣を持った人でさえそれほど幸せそうに見えないということは、この状況に何か意味はあったのでしょうか?それとも、目先の勝ち負けにこだわっただけの大して意味のない事柄が描かれているのかもしれません。
大して深い意味のない状況から立ち去っていく人に私が惹かれるということは、私自身、そうしたいのかもしれません。

普段のリーディングの際、このカードが出てくると、「スルー力が試されてる…」と読み取ることが多いのですが、私にとって目立つということは、どういった目立ち方をするかというより、目立った際に、スルーすべきことはちゃんとスルーするということがポイントであるようです。

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そして、2枚目は、目立つことで私が得るものは何かという質問です。
この答えとして出てきたのは「教皇」のカード。

以前もお話ししましたが、「教皇」のカードは私のパーソナリティカードであり、ソウルカードでもあります。目立つことも、ある程度必要ということかもしれません。

「教皇」というカードの持つキーワードは、伝統や規則、慣例に従うこと、家族や社会といった周囲の期待に応えること、集団への帰属、教育など。
どのキーワードも私が大変苦手としており、気の重くなるものばかりなのですが、とりあえず、自分ができそうなレベルに引き摺り降ろして、取り組んでみようと思います。

「伝統や規則、慣例に従うこと」は、カードを読むときに、伝統的な意味から逸脱しないように気をつけているつもりなのですが、それをそのまま続ける。
「家族や社会といった周囲の期待に応えること」は、なるべく失礼なことはしない。「期待に応える」って難しいですよね。何を期待されているかがまずわからなかったりするので。私はわりと勘違いしやすい気がします。問題はそこか?

「集団への帰属」は、仲間を大切にする。
「教育」は、ワークショップや講座に参加する。また、自分も開催する。
「教皇」のカードを読むときに、いつも気にしているポイントは、「一人ではなく、集団で取り組む」という点なのですが、もし目立つことができたら、私は今でも友達には恵まれていると思いますが、その友達や仲間をより大切にできるのかもしれませんし、共に学んでいける仲間を増やすことができるのかもしれません。

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最後の3枚目は、目立つことで伝えられることは何かという問いです。
獅子座には、自己表現というキーワードがあります。そこで、目立つことで表現できること伝えられることはなんだろうと問いかけてみました。
出たカードは、「女帝」。

「女帝」のカードのキーワードは、創造性、育てる、豊かさ、身体の感覚を大切にする、感情、自然との繋がり、生命の愛など。
このカードに描かれている女性は、妊娠しているのではとも言われていて、生命を産み育てることの喜びや素晴らしさだけでなく、そこには忍耐や寛容が必要であることも表現されています。

「教皇」のカードは、ルールを大切にします。しかし、「女帝」のカードにはルールでは制御しきれない生命の力強さや可能性を感じます。
私には、芯となるようなルールも必要なのでしょうが、そこから枝葉を伸ばしていくことも必要なのかもしれません。そして、枝葉をどのように伸ばすかコントロールするのではなく、それぞれが健やかに伸びていけるよう見守ったり助けるのが私の役目のように感じました。
細かいことを気にして、可能性のある小さな芽をソードで切ってしまわないよう気をつけないといけませんね。

もしくは、伸びようとしている芽が邪魔するものをちゃんと避けられるようサポートしてあげることも役目なのかもしれないと「ソードの5」や「教皇」を見て思ったりも。
守るとか庇うというより「そんなの無視してよくない?もっと大事なことあるやん」と言える役目というのでしょうか?

目立ってそんなこと言えるって、なかなか責任重大ですね。目立つって大変だな。「女帝」の大らかさや堂々とした感じ見習わないと…
憧れはするけれどなかなかハードルの高いカードが出たところで、今回はおしまい。

では、また来月!(の予定)

★参考文献
・ジョアン・バニング著『ラーニング・ザ・タロット』(駒草書房)
・レイチェル・ポラック著『タロットの書』(フォーテュナ)
・レイチェル・ポラック著『タロットバイブル』(朝日新聞出版)
・マーカス・カッツ、タリ・グッドウィン著『シークレット・オブ・ザ・タロット』(フォーテュナ)

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